
素直に認めよう。
私は舐めていた。
「ヤツがまた出たらしい。ユクモ村からこの酒場に食材を運ぼうとしていた商人が3人ほどやられたらしいぞ。」
「またか…。ヤツめ、ヒトの血の味を覚えちまったみたいだな。」
「そういえば名の知れたハンターが討伐にいったとかって言ってなかったか?」
「ああ。だが、返り討ちにされて、全治3ヶ月の重症らしいぜ…。」
いつもの酒場で男たちが話すのを耳にして、私は樽ジョッキを傾けながら酒場のマスターの顔を盗み見た。マスターは無表情に大樽を運んでいる。
マスターは無愛想だ。顔にびっしりと生えたヒゲがその無表情を更に隠す。
だが、その実、義理人情に厚いということを酒場の常連客は皆知っている。
私もマスターのそんな人柄に惚れ込んで、この酒場に通っている。
私は樽ジョッキを持ったまま席を立ち、カウンターに近寄った。
「ねえ」
両腕で胸を挟み込み谷間を強調して、マスターに話しかける。
マスターは私をちらりと見やり、「ないくせに無理をするな」と毒付いた。
なるほど。店に出入りしていた商人がやられたとあって内心穏やかではないらしい。
「噂、本当なんだ。」
私はスツールに腰掛け、ジョッキのビールを一口飲んだ。バルバレ産ビールの苦みが広がる。
「…あいつらは日々危険な道を通って食材を運搬していた。モンスターに襲われたときの心得だって当然あったんだ。なのに…」
歯ぎしりの音が聞こえてきそうだった。
表情こそ変えないものの、食器を洗う手に力が入っているのがわかる。
「いいわ。私がその"怒り喰らうイビルジョー"を倒してきてあげる」
「ほ、本当か!?」
マスターの驚いた顔を見て私は気分が良かった。
マスターもこんな顔をする事があるんだ。
「しかし、ヤツによってもう何人ものハンターが病院送りにされている。お前さんにまで何かあっ…」
私は無言でビールを飲むことで、その言葉を遮った。マスターは私の実力を知っている。村を襲ったモンスターを私が撃退したことも、「おとぎ話のなかにしか存在しない」と言われていたモンスターを討伐したことも。
マクターは何も言わず、空いた樽ジョッキを奪うように取り、そこに波々とビールを注ぐと、頼んでもいないモスジャーキーとともに私の前に置いてくれた。
依頼を受けた私への感謝の気持ち、ということらしい。
「それから」
と、マスターはポケットからなにやら取り出した。
「この店を開くときにあいつらがくれたんだ。運気が上がるとかってさ。あいつらがこの店を育ててくれた。俺はどうあってもあいつらの仇を取らなきゃならねえんだ。
これを狩りに連れて行ってやってくれ。きっとお前さんにも力を貸してくれる。」
それは小さな「招きアイルー」のキーホルダーだった。
笑顔でおどけたように手を傾げるアイルーが、悲しかった。
「ありがとう。必ず連れて"帰る"わ」
私の言葉にマスターははっと顔を上げ、そして後ろを向いて、ただ「頼む」と呟いた。
イビルジョーはかつて私のもっとも苦手とするモンスターだった。その唾液は防御力を低下させ、弱ったところに重たい一撃で体力を一気に奪われる。
身体が大きいぶんリーチが長く、間合いを詰めると被弾率が上がる。
当時太刀をメイン武器にしていた私は、イビルジョーに何度も煮湯を飲まされたのだ。
私は意を決して武器を持ち替えた。
ランスだ。
回避性能を付けた防具に身を包み、私はイビルジョーを何匹も狩った。尻尾を振り回すイビルジョーをステップで避け続け、タイミングを学んだ。隙を見て突きを繰り出した。
そして。
「はぁっ!!」
その日、私が渾身の力を込めて繰り出した突きがイビルジョーの顎を捉え(…言っておくけど洒落じゃないわよ)、彼は重たい体を横たえた。
身体の内側からじわりと喜びがこみ上げる。
そう、私は一度もダメージを受けず、ジョーを倒したのだ。
その日以来、イビルジョーは私のもっとも得意とするモンスターになった。
希少生態環境発見確率最大
マスターから「怒り喰らうイビルジョー」の討伐依頼を受けた翌朝。
私はG級探索に出かけた。
怒り喰らうイビルジョーはG級探索で稀に姿を見せるらしい。と言っても、今日の狙いはイビルジョーではない。
希少生態環境発見確率を最大にするためだ。
探索に繰り出し、モンスターには目もくれず、ひたすら出口を目指す。あ、でもたまに鉱石採取はする。最近金欠なの。
これを繰り返し、希少生態環境発見確率を最大にする。
簡単だが骨の折れる作業だ。
希少生態環境発見確率がMAXになったところで、今日の仕事は終わりだ。
今夜は酒場には行かず、部屋で早めに寝ることにする。
肉を焼いて時を待つ
次の日の早朝。
私は顔を洗い、ガーグァの卵で作った巨大プレーンオムレツと、ブルファンゴのベーコンを食べた。
大型モンスターを狩る日の朝食には必ず肉を食べる。午前中に身支度を済ませ、屋台の料理長の手料理を昼食に摂り、それから狩る。
狩りが夜の時は昼食に肉、夕食に屋台だ。
肉を食べるのはゲン担ぎのようなものだ。
朝食を終えた私はアイテムボックスを開いた。
数ある装備品の中から、最近完成したセットを身につける。

「ナクナクナ装備」と言われるセットだ。
頭から順番に、ナルガ・クシャナ・ナルガ・クシャナ・ナルガの装備を付けることからこう呼ばれる。
頭:ナルガXヘルム
胴:クシャナXディール
腕:ナルガXアーム
腰:クシャナXアンダ
脚:ナルガXグリーヴ
護石:匠+5 スロ3
装飾品:跳躍珠【2】 回避珠【2】 痛撃珠【3】×2
スキル:回避性能+3 回避距離UP 斬れ味レベル+1 弱点特効
本当は隠密スキルも発動できるんだけど、素材がなくてまだ作れていない。ケルビの蒼角が必要みたいで、これも探索で採れるみたいだから、ついでに狙おうと思う。
武器は麻痺ランス。火力は低いものの麻痺でジョーの動きを止められるのは心強い。
昨日希少生態環境発見確率を最大にした。
今日はいよいよ怒り喰らうイビルジョーを探す。
そのためになにをするか。
そう、肉を焼くのだ。
新米ハンターが初めに必ず受注するあのクエスト。「生肉を美味しくせよ!」だ。

予めこんがり肉を用意しておき、クエスト開始と同時に納品する。クエストクリア報酬でこんがり肉をもらえるから、それをポーチにしまい、再びクエスト受注。これを繰り返す。
クエストクリアする度に、探索で見つかるモンスターが変わる。
狙いは言うまでもない、怒り喰らうイビルジョーだ。
これもなかなか根気がいる作業だ。
何度も肉を納品する。
いい加減やめようかと思ったその時だった。

きた…。ついにヤツが現れた。
私は高鳴る胸を抑えきれない。
禍々しく赤と黒で描かれたイビルジョー。
赤い縁取りは怒りの色か、あるいは喰らわれ流れた人の血か。
「仇は」
マスターから受け取ったキーホルダーを腰紐に括り付けた。
「必ずとるわ」
to be continued
トリまとめ
続きを乞うご期待。
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