
「先輩っておしゃれですよね」
商談を終え、ひと息つこうと入ったカフェで女性後輩社員がそう言った。
「おしゃれ? どこらへんが?」
いささか冷やされすぎたアイスコーヒーをこくりと飲み込んでから後輩社員が答える。
「そうですね。今日だったら、そのネクタイとか!」
しめしめ、と俺は内心でほくそ笑む。
狙い通りだ。
俺が今日着けているネクタイはこれだ。

「昨日着けていたカフスも素敵でしたよ。あ、あとたまに胸ポケットに入れている万年筆とか!」
昨日のカフス…。
ああ、あれか。

万年筆はおしゃれ云々というよりは単に俺の趣味だ。
が、おしゃれと受け取ってくれるならしめたもの。
実際俺は特段おしゃれなどではない。
センスがあるわけでもないし、おしゃれよりも趣味の文房具や小説にこそお金を使っている。
しかし、こうして「おしゃれ」と言ってくれる人がいる。
それは俺の"作戦"が機能しているからに他ならない。
作戦。
それは、ワンポイントアクセントだ。
「おしゃれしよう!」
と息を巻いた大学デビューの男子や新入社員などにありがちなのが、気合いをいれるあまり、おしゃれなアイテムで身を固めてしまうこと。
しかしそれはあまり有効とは言えない。
「おしゃれ」は度が過ぎると「いやらしく」なり、只の自己満足に陥る。
センスの良いおしゃれ上級者はそれでもいいが、俺のようなおしゃれ素人がそうしてしまうと「痛い人」のレッテルを貼られかねない。
おしゃれはワンポイントで十分だ。
そして、女性はそういうところをしっかりと見てくれる。
俺の今日の格好は、シンプルなブラックスーツに無地のシンプルなボタンダウンのワイシャツ。
革靴もノーマルな黒。
極めてシンプルな格好だ。
そして、そのシンプルのなかにあってこそ、このネクタイがアクセントとなるのだ。
色も然り。
ネクタイに施された刺繍も然り、だ。
例えば、このネクタイをして、さらにカフスを着け、胸ポケットに万年筆を挿していたらどうだろう。
それぞれのおしゃれさはたちまち損なわれ、残るのはやり過ぎ感だけだ。
おしゃれはあくまでワンポイントアクセント。
これが一番有効なのだ。
「うちの部署って服装に気を遣ってる人あまりいないですよね。もったいないなぁって思います。」
後輩社員は目を伏せたままアイスコーヒーのストローを吸う。
「そうだね、少しだけ気を遣うだけでだいぶ印象変わるのにね」
俺も"服装に気を遣わない人"と、そう大差はないのだ。
ワンポイントアクセントがその事実を巧妙に隠してくれている。
「ところで。このあと帰社してやらなきゃいけない仕事は残ってる?」
「あ、えっと、私は特にありません。会社出る前に事務仕事は片付けてきましたし。」
「そう。もし今夜暇なら仕事はこのままノーリターンにして、軽く食事でもしない?」
「暇です!嬉しい。」
「OK。ちょっと俺の趣味丸出しなんだけど、表参道に文房具カフェっていうのがあるんだ。知ってる?」
「文房具カフェ!知ってます!行きたいなぁと思っていたんですが、なかなか機会がなくて。」
「お、知ってるか。あそこは食事もできるしお酒も飲めるから、良かったらそこに行かない?」
「はい!喜んで!」
しめしめ、と内心でほくそ笑む。
これで今夜の晩御飯のお供が確保できたし、もしかしたら夜のおかずも確保できたかもしれないわけだ。
おっと、下品な下ネタ失礼。
ニヤつきが表情に出ないように気を付けて、私は伝票を手に取った。
***
本記事はフィクションであり、登場人物は架空の人物です。
決して私、こっこ(@cocco00)の実生活を反映したものではありませんのでご留意ください。
むしろ、そんな実生活を提供してください。お願いします。
おしゃれはワンポイントで!
スマートに、そしてクールに行こうぜ、サラリーマン!
コメントを残す